天才と秀才の定義

戯曲『アマデウス』(Amadeus)の著者である、
イギリスの劇作家ピーター・シェーファーによる
天才と秀才の定義です。

ちなみに、アマデウス(「神に愛される」の意味)とは、
ヴォルフガング・アマデウス・モーツァルトのミドルネームから来ており、
つまり『天才』を意味するそうです。

さて、ピーター・シェーファーによる天才と秀才の定義。

天才
⇒神が愛したもの

秀才
⇒天才ほどの才能には恵まれていないが、
 天才の才能が分かる人。ゆえに不幸な人。

凡才
⇒秀才の才能は理解できるが、
 天才の才能は分からない人。ゆえに幸福でいられる人。

『アマデウス』の主人公であるサリエリは、
モーツァルトという偉大な天才の傍で
その才能を目の当たりにしながら苦悩する秀才・・・

『天才にはなれないが、
 天才の才能が分かってしまう秀才の悲劇』

世の中には、思わず天才的だと唸ってしまう
起業家・投資家がいるでしょう。

もし、それに気がついても
秀才として苦悩するよりも、自分に磨きをかけられる、
そんな人間になりたいものですね。。。

金持ち父さん、ロバート・キヨサキも
天才ではなかったような気がします。

自分の才能を信じ、磨いていくことで
人生を切り拓いてきた方々なのでしょうね。

金持ち父さん研究室 ささ
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金持ち父さんロバート・キヨサキのキャッシュフローゲーム101徹底解剖

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